これまで毎日慌ただしい日々を過ごしてきたなら、ここらへんでちょっとひと休みしてみよう。静かにのんびりと過ごせる森が、ソウルの都心の中にもけっこうあるのだ。用意する物は、簡単なおやつと本が1冊あれば十分。気の向くままにのんびりと森の道を歩いたり、森の中のベンチに座って一息つくのもいいだろう。暦の上ではもう秋、涼しい木陰を満喫しよう。
頭の上に広がる緑 ここは「都心の中の森」という言葉に最もふさわしい場所だ。都心からのアクセス性に優れながらも、山の中にいるのかと思うほどに木々が生い茂っている「アンサン(鞍山)ジャラクギル」。ここはトンニンムン駅から来ることもできるほか、アクセス方法はいろいろあるが、メタセコイアの森の道に直で行きたいならソデムン(西大門)自然史博物館の方から出発すると便利だ。アンサン(鞍山)ジャラクギルの入口から緩やかな坂道を約15分歩いて行くとメタセコイアの森の道に到着する。森の道の入口を知らせる案内板はないけれど、頭の上に空高くそびえる木々が見えたなら、そこが「メタセコイアの森の道」だ。ウッドデッキでできた道の両側に広がるメタセコイア群落からは最高の清々しさを感じることができる。体力に自信があるなら、メタセコイアの森の道からムアクジョン(毋岳亭)を過ぎてポンスデ(烽燧台)まで登ってみよう。そこから見下ろすソウル市の全景の美しさが歩いた疲れを癒してくれるはずだ。
全身で感じるすがすがしさ ソウルにも「竹」をテーマにした森の道が初めて造られた。2019年の夏、ソウル市は、5か所のハンガン(漢江)公園に46億ウォンをかけて11,707本の木を植えたが、そのうちイチョン・ハンガン(二村・漢江)公園には5,471本の竹を植えたのである。韓国の中部以南の地域で育った竹や多様な低木を植えて、イチョン・ハンガン(二村・漢江)公園に全長約1kmのプロムナードを造成した。トンジャク(銅雀)大橋付近から自然学習場付近まで続くこの道は「竹風の森」とも呼ばれており、四季を通して緑が楽しめることから、近くの高層マンションに住む住民たちの散歩コースとして親しまれている。あまり広く知られてはいないが、竹が発散するフィトンチッドの濃度はヒノキと同じくらいであり、同等な森林治癒力があると言われている。青々とした竹林の中を歩いていると、すがすがしさが全身を包み込むような気分になれる。
フィトンチッドの中でピクニック 「森の中を散歩したり、森の癒しを全身で感じる」。ホアムサン(虎岩山)のチョウセンゴヨウ森林浴場なら満足感のある充実した森林浴体験ができる。まずは「ホアプサ(虎圧寺)」の入口を探そう。そしてホアプサ(虎圧寺)の駐車場からホアムサン(虎岩山)の滝まで続く約1.2kmのホアム(虎岩)ヌルソルギル(「いつも松風が吹く道」という意味)に進入しよう。なぜならチョウセンゴヨウ森林浴場は、このホアムヌルソルギルの一部だからだ。50,000㎡のチョウセンゴヨウ群落が生い茂るホアムサン(虎岩山)チョウセンゴヨウ森林浴場には、フィトンチッドやマイナスイオン、テルペン(植物によって作り出される生体物質。体の代謝を高めるとともに殺菌作用もある)など身体に良い物質がたくさん放出されている。森林浴はストレスを解消するだけでなく心身をリラックスさせて血液の循環をよくする効果もある。またチョウセンゴヨウが発散するフィトンチッドには蚊などの害虫を寄せ付けない効果があることから、夏にここで野外ピクニックを楽しむ人も多い。ソウルトゥルレギルともつながっているホアムヌルソルギルは、実は車椅子でも利用できるバリアフリーな森の道である。道のあちこちにはトイレや憩いの場などサービス施設もよく整っている。
松の集落地 プカンサン(北漢山)トゥルレギルのうち第1区間は松の木が一番多いことから「松林道」とも呼ばれる。その松林道の終着地点に「ソルバッ近隣公園」がある。トクソン(徳成)女子大学校の向かい側にある人通りの少ない住宅街の裏手にあるソルバッ近隣公園には、971本もの松の木が植えらている。しかしこの公園が造成されるまでに多くの紆余曲折があった。実はここはかつて私有地だった。そして1990年には高層マンション造成地に選ばれ、森を破壊して開発するという計画が立てられた。しかし住民と地方自治体が松林保存運動を展開した結果、1997年にソウル市とカンブク(江北)区が土地を買い入れ、2004年にソルバッ近隣公園が造成されたのだ。3万4,955㎡規模の面積を誇る公園には松林だけでなく、ベンチ、遊び場、プロムナード、池なども造られており、ゆったりと散歩を楽しむのに最適だ。何と言ってもここのハイライトは涼しい木陰を提供してくれる松の木、そしてその間から見えるプカンサン(北漢山)である。
小さくても中身は濃い ソウル市サンウォルゴクドン(上月谷洞)一帯は、地域の地形がサムテギ(土や穀物などを入れて運ぶ農機具)に似ていることから「サムテギ村」と呼ばれていた。サンウォルゴクドン(上月谷洞)にある小さな森を「サムテギの森」と名付けた理由でもある。サムテギの森はソウル国有林管理所の中にある。山林庁に所属する森を一般人にも開放するようになったのは2015年から。しかし今でも庁舎の管理の下、平日のみ開放している。ソウル国有林管理所の入口に入ると、建物の裏から森につながる道が見える。「森の道移動路」という案内板が示す方向にしたがって歩いて行くと、森の道を一周できる。よく整えられた人工の森ではあるが、舗装されていない土の道を歩いていると、「自然」の懐の中に抱かれているという気分になる。それに森の道のほかにも池や小屋や吊り橋など見どころや楽しみどころもたくさんあり、子ども連れの家族などに人気がある。
ソウルでソウルを忘れた 長い横断歩道を渡ってキルドン(吉洞)生態公園に着くまでは、車のクラクションなどさまざまな騒音に悩まされる。しかしキルドン(吉洞)生態公園に入って3分ほど歩いただけで、そのような悩みからは解放される。木の葉の揺れる音、小川のせせらぎ、虫の声など。その日は本当に暑かったのに、いつの間にかひんやりとした森の空気が全身を包み込む。「キルドン(吉洞)生態公園」は、ソウル市が推進した「公園緑地拡充5年計画」の一環として造成された、環境にやさしい生態公園だ。1998年に完成したので、今では木々も大きく育って生い茂っている状態。自然は月日が過ぎても古びることはない。面積はなんと2万4,000坪余り。その広々とした公園内はテーマ別に広場エリア、貯水池エリア、草地エリア、湿地エリア、山林エリア、農村エリアなどに分けられている。ゆっくり歩いたら2時間くらいかかるだろう。キルドン(吉洞)生態公園で最も注目すべきは山林エリアだ。長く続くウッドデッキ道がよく整えられており、緑豊かな山林の中にはすでに秋の気配が漂っている。足を延ばして水辺にたどり着くとカワセミやアオサギがたわむれており、陸地ではミミズやキアゲハの幼虫を見ることができた。ソウルでソウルを忘れてしまう。
カンナム(江南)に浮かぶ緑の島 ソンジョンヌン(宣靖陵)の全景を空から見下すと離れ小島のように見える。高層ビルが建ち並ぶ灰色都市の中で、唯一、ここだけ緑色だからだ。ソンルン駅8番出口から5分ほど歩いたらソンジョンヌン(宣靖陵)の入口にたどり着く。このように誰でも気軽に行けるほど近くにあることから、ソンルン(宣陵)周辺のオフィス街で働く会社員たちには単なる「散歩道」でしかなかった。しかしソンジョンヌン(宣靖陵)は、2009年6月にユネスコ世界文化遺産に登録された朝鮮王陵の中の1つである。ソンジョンヌン(宣靖陵)には3つの陵がある。1つ目は儒教思想をもとに王道政治の基礎を築いたソンジョン(成宗)の御陵である「ソンルン(宣陵)」、そして2つ目はチュンジョン(中宗)の御陵である「チョンヌン(貞陵)」、そして3つ目は、ソンジョン(成宗)の継室であるチョンヒョン(貞顕)王后ユン(尹)氏の御陵だ。ソンジョンヌン(宣靖陵)は文禄・慶長の役の時に倭軍によって王陵が掘り起こされ梓宮(棺や祭壇)が燃やされるという耐えがたい屈辱を受けた歴史がある所でもある。自然は自然の法則によって歴史を慰める。オオヤマザクラは枝が大きく伸びて木陰を作る。ナラの木や松の木の見事なくねり具合はまるで名筆のように気迫にあふれている。特にチョンヌン(貞陵)からソンルン(宣陵)に続くプロムナードの風景は絶景だ。整えられた土の道を歩いていると、まるで一幅の東洋画を見ているような錯覚に陥る。
秋のマストスポット ソウル市内を流れる代表的な川は大きく3つである。チョンゲチョン(清渓川)とハンガン(漢江)、そしてヤンジェチョン(良才川)。ヤンジェチョン(良才川)はクァナクサン(冠岳山)を水源とし、ソチョ(瑞草)区とカンナム(江南)区の南側を取り囲むようにしてタンチョン(炭川)を流れてハンガン(漢江)と合流する。ヤンジェチョン(良才川)が流れる「ヤンジェ(良才)市民の森」は、韓国で初めて森を公園に取り入れて造られた公園である。「森」なのだから、都心のあちこちに見える街路樹とは違って、木がたくさん集まって生い茂っている。こちらを見ても木、あちらを見ても木、本当にそこに立っているとたくさんの木に取り囲まれている。その間を歩いているとしばしばメタセコイア並木道が現れるが、その中で一番人気があるのはヤンジェ(良才)市民の森のそばにあるソチョ(瑞草)芸術公園の思索の道だ。森の中にはさまざまな彫刻作品が置かれていて、まるで自然の中のギャラリーを見物しているような気分が味わえる。メタセコイア並木道が一番美しい秋。メタセコイアの葉が赤く染まり、その葉が落ちて地面も赤く染まる。この時期には晩秋の紅葉と高く澄んだ空の青さが調和をなす。
自然の息づかい スユ駅2番出口から10分ほど歩いて行くとオペサン(梧牌山)のトンネルが見える。この辺りのソウルはまだ灰色の都市だ。しかしトンネルを行き来する車の列を避けて階段を上がると、そこには「オペサン(梧牌山)散策路」が現れる。都心の住宅街の真ん中に、このように豊かな自然が保存されているのは本当にありがたいことだ。「オペサン(梧牌山)散策路」は、オペサン(梧牌山、115m)とピョゴサン(碧梧山、135m)の2つの峰を連ねた散歩道で、全長2km余りの緩やかな坂道だが、ゆっくり歩いても1時間ほどだ。森の麓にはスモモの木が立ち並び、春には愛らしい花が咲き乱れる。満開の花が散った後には甘いスモモの実が実る。オペサン(梧牌山)散策路に沿ってゆっくり歩いて行くと、次第に呼吸が楽になるのがわかる。四方に生い茂っているチョウセンゴヨウのためだ。フィトンチッドは、広葉樹より、松やチョウセンゴヨウなどの針葉樹からより多く発散され、心身をリラックスさせる成分が含まれている。そして「オペサン(梧牌山)散策路」が終わる所には「コッセムギル(花泉道)」と呼ばれる小道の両側に美しい花々が植えられた道が出る。1994年に韓国の写真家であるキム・ヨンサン氏が、がんとの闘病に勝ち抜いて作り上げた花園である。ここはその名の通り、花が泉のように咲き乱れる。
歴史を抱いた森 韓国の山林庁では、山林とともに生きてきた先祖たちの生活様式を保護しつつ、歴史的、生態的、景観的に保存価値の高い資産を「国家山林文化資産」に指定して管理しているが、その国家山林文化資産の第1号は、トンデムン(東大門)区フェギドン(回基洞)にある「ホンヌン(洪陵)の森」だ。ここは韓国初の樹木園である。1922年にコジョン(高宗)皇帝の妃、ミョンソン(明成)皇后の陵があったホンヌン(洪陵)地域に林業試験場を設立した時に造成された。その後2004年、試験場は国立山林科学院に改称された。100年近い歴史を誇る「ホンヌン(洪陵)の森」の中で最高齢の木はどれだろう。それは山林保全研究棟の前の芝生に立っているチョウセンタギョウショウの木だ。チョウセンタギョウショウの木は1892年生まれた。つまり樹齢約130年になる。チョウセンタギョウショウの木を眺めた後、山林保全研究所の建物の裏手にある森の道を歩いて行くとホンヌン(洪陵)跡が見えてくる。敷地の中には曲線の美しさが何とも言えない見事な松の木が一本立っている。そしてその裏手には、ミョンソン(明成)皇后の陵を訪ねたコジョン(高宗)皇帝が水を飲んだと伝えられる「オジョン(御井)」がある。そしてこの森には「千年の森の道」「皇后の道」「森の中の旅の道」「チョンジャン(天蔵)マルの道」「ミチノクナシの道」と呼ばれる5つの探訪路も造成されている。ソウルの都心の中で歴史を抱く森を気の向くままに歩くこと…ロマンとは、そういうものを言うのかもしれない。