巨大都市ソウルの地下には、世界最高レベルと認められる便利な地下鉄システムのほかにも、巨大な地下ショッピングモールや歩道などがある。そして最近、歴史・文化・芸術・自然を取り入れた地下空間に関心が高まる中、ソウルの地下の深い所にも未来の種が芽吹きつつある。
1970年代に市街戦に備えて造られた対戦車防護基地、チョンノ(鐘路)のセウン(世運)商店街と同時期に建てられた韓国初の住商複合ビル(70年代のタワーパレス)、1999年に内部循環路を開通するため上層部の2階が壊された悲運のアパートなど、これまで「ユジン商店街」を説明する言葉はいろいろあったが、これからは「流れるように」説明できるようになった。ホンジェチョン(弘済川)沿いにプロムナードが造成された後にもしばらく立入禁止となっていたユジン商店街の下部空間は、2019年の3月に開通されたにもかかわらず、暗く少々薄気味悪い雰囲気のため利用者はほとんどいなかった。このように人々から避けられていた場所が、ソウル市の公共美術プロジェクトにより、2020年7月から「弘済流縁」という名前の芸術空間として生まれ変わった。かつて河川からユジン商店街の建物を支える100本余りの柱が立ち並んでいた建物下部の全長250mの空間は、いまや光と音楽で飾られた自然の中の展示場となった。この「弘済流縁」という名前には「水と人の縁が流れて、芸術で癒され、調和する」という意味が込められている。飛び石を渡り、光の案内に従って進んで行くと川の流れに沿って設置美術、照明芸術、メディアアート、サウンドアートなどの8つの作品が現れる。市民のメッセージで製作したホンジェ(弘済)マニ車、ホンジェ(弘済)小学校とイヌァン(仁王)小学校の生徒たちが描いた未来の生態系など、地域住民とのコミュニケーションも活発に行われており、憩いの場も設けられた。芸術作品を観終わって地上に上がると、ユジン商店街A洞1階に所狭しと並べられた新鮮な果物や向かい側のイヌァン(仁王)市場などが人々を楽しい日常へと案内してくれる。
地下鉄から降りたとたん目の前に森が広がる。森の香りを感じながら緑の生い茂った庭園に向かう。2019年3月、ソウル市の公共美術プロジェクトにより、地下鉄6号線のノッサピョン駅が新しく生まれ変わった。ノッサピョン駅の地下5階まで各階ごとに公共美術作品が展示され、毎日熾烈なストレスにさらされる場所が、芸術作品で癒されるプラットホームとなった。ノッサピョン駅の地下1階は「光の形象」、地下4階は「森の音」、地下5階は「地の温度」というテーマで、韓国内外のアーティストらの作品が展示されている。入場料は無料。地下鉄に乗ってノッサピョン駅で降りたら、地下5階から観覧しよう。エスカレーターで4階に上がると、駅自体が美術館のようなモスクワの地下鉄駅に降りたような錯覚におちいる。天井から垂れ下がっているオブジェはチョ・ソヒ作家の作品『ノッサピョン、ここ…』。アルミニウム線をかぎ針で編んで作った作品である。地下4階の見所はキム・アヨン作家の『森のギャラリー』。駅の片隅に縦に細長い数多くの板材が立ち並んでいるが、その中に入るとまるで森の中にいるような気分になる。改札口を出てエスカレーターに向う途中には『時間の庭園』がある。そしていよいよハイライトの『ダンス・オブ・ライト』。ドーム型の天井から差し込む光が地下鉄駅全体を包み込む。ここでは天気や時間帯、季節などによってノッサピョン駅の異なった美しさが堪能できる。
2019年6月1日、「ソソムン(西小門)の外の殉教聖地」に歴史文化公園が造成された。ソウル駅とチュンジョンノ(忠正路)の間にあるソソムン(西小門)は、歴史的にも実に意義深い場所である。朝鮮時代、ソソムン(西小門)の外にある十字路は国の主要な刑場であった。1801年の辛酉教獄から1866年の丙寅教獄にいたるまでカトリック教に対する大規模な迫害が行われ、大勢の信徒たちがここで殉教した。すなわちここは、韓国最大のカトリック聖地であると同時に殉教聖地なのである。「ソソムン(西小門)聖地歴史博物館」は、この地域の特性を視覚的に具現し、地域の歴史性をひと目で理解できるようにした。さらに宗教の壁を取り除き、誰でも憩いのひと時が楽しめる芸術空間として造成されたのだ。博物館の広さは約24,000平方メートル。赤いレンガが敷かれているところが多く、落ち着いた雰囲気をかもし出している。地上1階から地下3階までは常設展示室、企画展示室、ハヌル(空)広場、ハヌル(空)ギル、コンソレーションホールなどがある。博物館の入口に展示されているイ・ギョンス作家の『光の広場』をはじめ、あちこちに芸術作品が置かれており、美的体験の場を提供している。地下3階にあるコンソレーションホールでは、正六面体の大きなキューブからカトリック迫害の歴史と自然現象が記録された映像がモーツァルトの『レクイエム』という曲と共に映し出される。その横にある「ハヌル(空)広場」にはチョン・ヒョン作家の『立っている人々』が展示されている。この44点の作品には、ここで打ち首に処せられた44人の殉教者に捧げる献辞の意味が込められている。
韓国の近現代史が刻まれた歴史的な空間が82年という長い月日を経て、再び市民のもとに戻ってきた。ソウル広場の真向かいにあり、かつて日本による植民地時代に朝鮮総督府逓信局の庁舎があった所に、地上1階、地下3階の韓国初の「ソウル都市建築展示館」が建てられた。内部にはソウル市の発展と未来を見通せる都市・建築・空間分野におけるさまざまなアイデアが展示されている。展示場を観覧する場合、地下3階から地上1階へと順にゆっくり観覧するといいだろう。現在地下3階にある「ピウムホール」では「行動する都市」というテーマで展示会が開かれている。カテゴリーは「移動する、混合する、再生する、参加する、積層する」などのタイトルで構成されている。ここでは躍動している世界中の各都市について展示しており、ソウル市と共通する都市づくりに関する課題を抱えている主要都市についても知ることができる。また「ギャラリー3」では、ソウル市公共建築物公募システムである「プロジェクトソウル」に応募された作品のうち、当選作11点が展示されている。また現在地下2階には、ソウル市の公共建築を記録した「私たちの街、私たちの村、ソウルが変わる」展が開かれている。地下1階に出て、階段を上って屋上に行くと国宝第31号の「瞻星台」が見える。作品名「還生-Rebirth」は、廃車場で回収したヘッドライトで「瞻星台」を作ったものだ。
新鮮な野菜を地下鉄の駅で栽培する。不可能な話のようだが事実だ。2019年地下鉄7号線のサンド駅に韓国初の「メトロファーム」が造られた。「メトロファーム」とは地下鉄駅に造成されたスマートファームのこと。スマートファームとは、人の手をかけないで自動化されたシステムとロボットにより植物を栽培する農場のことで、先端情報通信技術を利用して植物が成長するのに必要な光、温度、湿度、大気の濃度などを調節する。そのおかげで密閉された空間でも自動化装置さえあれば日光や雨水がなくても植物を育てられるわけだ。閉鎖された室内で栽培するので、汚染された大気に触れることもなく、安心して食べられる上、何より365日24時間いつでも栽培できることがメリット。それに殺菌状態で栽培するので病虫害が発生せず、殺虫剤や除草剤を使う必要もない。メトロファームで栽培した野菜はサラダやジュースに加工され、商品は無人自動販売機から誰でも手軽に購入できる。一部の野菜は生野菜のままでも購入できる。現在メトロファームはサンド駅をはじめ、タプシムニ駅、ウルチロサムガ駅、チュンジョンノ駅、チョノァン駅に設置されており、子ども向けの体験プログラムも実施している。体験プログラムに参加したい場合はファームアカデミーホームページで前もって予約する。プログラムはスマートファーム理論教育、ツアー、原物の収獲、サラダ作り体験の順に行われる。
アモーレパシフィックの新社屋は、英国ロンドン出身の世界的に有名な建築家デイヴィッド・チッパーフィールド(David Chipperfield)が設計した建物。シンプルな白い正六面体の建物に約2万個のルーバーを縦に垂らした独特な外観が特徴。このデザインは朝鮮時代の伝統的な白磁のタルハンアリ(白磁大壺)からインスピレーションを得たそうだ。高層ビルが建ち並ぶ騒々しいヨンサン(龍山)の街中に、純白のタルハンアリ(白磁大壺)のような高貴な静けさが感じられる唯一の空間である。アモーレパシフィック美術館(APMA)は、アモーレパシフィックの創立者であるソ・ソンファン(徐成煥)元会長が収集した美術品をもとに、1979年「太平洋博物館」という名前でオープンした。その後、2009年に現在の名前に改称し、2018年に完成した新社屋の地下に移転された。美術館の入口がある1階の「アトリウム」には、ミュージアムショップや展示スペースである「APMAキャビネット」があり、地下1階の展示室では現代美術、韓国美術、古美術などを取り扱った盛りだくさんの企画展が開かれる。現在は「APMA, CHAPTER TWO」展が行われている。この展示会ではアモーレパシフィックが収集した絵画・陶磁・金属・木工芸など多種多様な所蔵品を展示している。現地でチケットを買うと、「1タイムあたり制限人数20人」を超える場合、30分ほど待つこともあるので、前もって予約してからの訪問を勧める。事前予約はアモーレパシフィック美術館(APMA)のホームページで申し込める。
1978年に再開発地区に指定されたコンピョンドン(公平洞)一帯は、それから2010年まで再開発が行われた。その後、2015年から都市環境整備事業が進められる過程で、朝鮮時代のハニャン(漢陽)から近代のキョンソン(京城)までの文化財が発掘された。「コンピョン(公平)都市遺跡展示館」は、この時発掘された建物・道路・路地など昔の痕跡を保存するために建てられた。発掘された遺構の中で遺存状態が最も良好だった16~17世紀の遺構を展示館内に移転・復元した。コンピョン(公平)都市遺跡展示館が、他の歴史博物館と差別化される点は、文化財が発掘された場所を最大限保存しつつ展示していること。家の跡や路地などを他の場所に移すのではなく、発掘された場所に、昔の姿のままに保存している。現在のコンピョンドン(公平洞)は、朝鮮時代のハニャン(漢陽)の中心地であり、当時朝鮮最高の繁華街であったキョンピョンバン(堅平坊)に属しており、官庁や市場通りなど重要な施設が集まって、多様な階層の人々が住んでいた。コンピョン(公平)都市遺跡展示館を訪問する時は、遺跡地を見学しながら想像力を最大限に発揮して、その時代の人々の生活ぶりを思い浮かべると有意義で楽しい時間となるはずだ。
ヨイド・乗換センターの前には不思議な場所がある。横断歩道の横にあるガラスのドアを開けて中に入ると、地下に通じる階段が見える。それは「SeMAバンカー」に通じる道である。1970年代の軍事政権時代、有事の際に大統領が避難する空間として造られたものと推定されるこの「バンカー」は、2005年にヨイド・乗換センターを造成するために始めた現地調査の最中に発見された。そして2016年から改修を始めて、2017年10月、ソウル市立美術館が営む「SeMAバンカー」がオープンした。バンカーは大きく分けると歴史ギャラリーと展示室がある。歴史ギャラリーには、昔バンカーのVIPルームにあったソファやトイレなどとともにヨイド(汝矣島)の過去の様子を知ることができる写真などが展示されている。そして展示室には写真、映像、設置などさまざまな現代アート作品の展示会が開かれる。現在行われている『永遠の旅(The Journey of Eternity)』展は、2020年の9月13日まで開かれる予定。
イファ(梨花)女子大学校にある複合団地キャンパス「ECC」(Ewha Campus Complex)は韓国最大規模の地下キャンパスだ。フランス・パリにある国立図書館を設計した世界的に有名な建築家ドミニク・ペロー(Dominique Perrault)の作品で、かつて運動場だった場所を掘り起こし、両側に6階建ての建物を建てて「谷間」のように設計した。ECCは、実際には地下であるが、地下であることを全く感じさせない。なぜなら建物の両側のガラス張りの壁から大量の日差しが差し込んでくるからだ。そして全体的に白が使われた壁が内部をより広く、より快適に見せている。ECCは完成した年の2008年にソウル市建築賞大賞を受賞した。それは単に美的に優れているというだけでなく、地熱と地下水を利用した冷暖房システムを設置していること、そして建物の最上階に庭園を造成したことなど「生態学的」にも素晴らしいと評価されたからだ。ECC内には図書館のほかにも映画館、ジム、飲食店、銀行などさまざまなサービス施設が取り揃っている。
真っ暗な薄気味悪い地下道を思い浮かべたら当て外れだ。地下鉄1号線チョンガク駅につながるこの通路は、さわやかで青々としている。チョンノ(鐘路)タワー地下2階、チョンノ(鐘路)書籍の前に造成された「太陽の庭園」は、地上からの光を高密度に集めて地下へと送る技術を利用した都心の中の地下庭園である。太陽光の量は天候によって変わることから、人工照明と連動したハイブリッド照明を使用しているため、悪天候の日にも明るい光が保たれる。約1年の工事の末、2020年の初めに完成した「庭園」には柚子、キンカン、レモンの木などの果樹をはじめ37種類の多様な植物が植えられている。ここは憩いの場であるとともに文化を楽しむ場所でもある。緑地の横の階段をリモデリングして小規模な講座や公演ができるスペースを設けた。また若い起業家たちにチャンスを提供する青年複合文化マーケット「チョンノ(鐘路)青年の森」も営んでいる。
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