韓国にはモギョッタン(沐浴場)と呼ばれる施設があります。日本の昔ながらの銭湯とよく似ていて、受付でお金を払ってタオルとキーをもらって脱衣場に入ります。浴室にオンタン(温かいお風呂)、ネンタン(水風呂)、そしてイベント風呂(薬用風呂やハーブ風呂)があり、サウナ室が一つ二つ、そして垢すり用のベッドが数台あります。黒や赤のランジェリーを身につけた垢すりプロの年配女性が浴室を切り盛りし、長年通う地元のお客さんがおしゃべりに花を咲かせています。町の社交場モギョッタンは、韓国の人情と文化をまさに肌で感じることができる場所です。
かつてはソウルのどの町でも見られましたが、コロナ禍の中、ソーシャルディスタンスの施行で営業がさらに難しくなり、地価や人件費の値上がりと2022年以降の燃料費の大幅な値上げが決定打となって、今はもう探すこと自体が難しくなってしまいました。それでも昔からわらない姿で迎えてくれる、ソウルの都心部でがんばる古いモギョッタンがあります。
メイルオンチョン
ミョンドン(明洞)とトンデムン(東大門)の中間に位置するウルチロ(乙支路)は、小さな町工場や印刷・家具・金属部品などの専門店が密集するエリア。ここ数年、都市開発が進んで高層ビルやマンションが建ち並び、多くの職人や商人が去っていきましたが、若い人たちがソウルの中心にありながら比較的安価な家賃に魅力を感じ、隠れ家的なカフェやバーを次々とオープン。
いつの間にか最新トレンドを意味する「ヒップ」という言葉と掛け合わせて「ヒップチロ」とも呼ばれるようになり、レトロモダンを意味するニュートロブームに乗って国内外から多くの若者が訪れるようになりました。新旧入り混じった下町情緒たっぷりの町でモギョッタンを楽しむことができます。
メイルオンチョンは1986年にオープン。移り変わりの激しいソウルでは貴重な存在と言えるでしょう。温泉(온천)のハングルの一部が湯けむりマークになっているのがとてもかわいらしいですね。
入ってすぐのフロントで入浴料を支払い地下へ。脱衣場は大変きれいで明るく、お湯は温泉水ではありませんがとても澄んでいて清潔。オーナーさんが、「うちはお湯がいいんだよ」というのも納得です。
韓方サウナ室は扉を開けると、韓方の香りと蒸気でいっぱい。煮えたぎるお湯の中にはヨモギや甘草、センキュウなどを合わせた韓方薬材の袋が入っています。韓方とはルーツが中国の漢方学で、韓国で独自の発展を遂げた伝統医学のこと。こんな風に韓国に暮らす人々の日常に深く根付いているのですね。
○住所:ソウル市チュン(中)区ウルチロ16ギル5-10
○営業時間:6:00-20:00(土曜は19:00) / 日曜日、祝日休み
チョンスタン
外国人観光客にも人気のノリャンジン(鷺梁津)水産市場からほど近い住宅地にあるチョンスタンは、再開発が決まり住民が次々と立ち退いていく中でも営業を続けているモギョッタンです。男湯は利用客が少なくなって20年前に営業を停止、今は女湯のみです。かつてはたくさんの人でにぎわっただろうなと思わせる通り沿いにあり、チョンスタンもお客さんがたくさん訪れていたことでしょう。
なお、通りにはレトロな美容室やクリーニング屋さんに混じって、警察官試験の面接対策のための体育道場や、公務員試験関連の教室などがあって大変興味深いです。ノリャンジン駅周辺には公務員試験の予備校がたくさんあり、勉強している若い人たちがたくさんいるからか、小さな路地に「下宿あります」という看板がぽつぽつとあるのも印象的。
レトロなドアを開けると、大変こぢんまりとした脱衣場。鍋や炊飯器が乱雑に置かれ、シンク台には台所用品がいっぱい。台所に来てしまったかのような錯覚を覚えますがロッカーはちゃんとあります。
年季の入ったマッサージシートや床に座って果物を食べながら旅行に行く話や、旬の農産物を分け合う話に夢中のおばあさんたち。その底抜けに明るく元気な姿に一瞬ひるんでしまいますが、観光ではまず触れられない韓国の人たちの姿を垣間見ることができます。
チョンスタンは浴室の中央にあるお風呂がメイン。まわりを見渡すと日本の昔ながらの銭湯とは違って壁画はありません。鏡の古い化粧品広告や壊れかかったカラフルなプラスチック椅子は、時が止まってしまったようです。レトロなたたずまいが噂を呼び、最近では若い人気ユーチューバーも訪れるそう。垢すりベッドは三台あり、オーナーの年配女性と従業員一人でまわしているそうです。
創業して50年近くなるというチョンスタンの女湯の浴槽ひとつは、使われなくなってだいぶ経っているとのこと。中央にある浴槽は追い焚きやお湯を変えたりしないため、午前中に行くことをおすすめします。
○住所:ソウル市トンジャク(銅雀)区ノリャンジンロ6ギル53
○営業時間:6:00-16:00
シボムサウナ
24時間営業がうれしいシボムサウナは、ソウルのマンハッタンと呼ばれる金融の中心地ヨイド(汝矣島)にあるモギョッタン。目の前にあるのは、蚕室のロッテタワーにソウル一高い建物の座をゆずったものの、今もソウルのランドマーク的な存在である63ビルです。
近くには1971年10月に完成した示範アパートと呼ばれる大規模マンション団地があります。1960年代後半から始まった汝矣島の開発は国家プロジェクトとして進められ、示範アパート(韓国ではマンションをアパートと呼びます)はソウルの住宅不足を解消するためにいろいろなところに建設されました。
建物の老朽化と再開発によってほとんどの示範アパートが撤去され、市内にはほとんど残っていません。汝矣島示範アパートももうすぐしたら消えるかもしれません。まわりの現代的なビルやマンションとはまったく異なる、緑あふれた空間にほっとします。
1990年代半ばにシボムサウナが登場して30年。示範アパートの住民が利用する商店街の建物の地下にあり、古くて新しい雰囲気に包まれています。
チムジルバンも併設されています。ただ、利用者数の減少と高騰する燃料費でチムジルバンの休憩スペースは節電モードで電気はついておらず、食堂は休業状態です。暗闇の中でも横になって静かに休んでいる姿がちらほら。
オーナーはガス代がまた上がったとため息をつきつつも、いつまで営業ができるかわからないが住民が利用する限り続けたい、と話してくれました。
○住所:ソウル市ヨンドゥンポ(永登浦)区63ロ45 汝矣島示範アパート
○営業時間:24時間