ここは高麗時代(918~1392年)には、フンボクサ(興福寺)というお寺があった場所です。その後、興福寺は朝鮮王朝時代にウォンガクサ(円覚寺)と改称して重建されます。しかし、国家政策によって仏教が抑制された事を受けて、1897年、コジョン(高宗)の時代には、当時、財務部顧問を務めていたイギリス人、ブラウンの建議でソウル初の近代式公園へと姿を変えました。そして日本統治時代だった1919年には「3・1万歳運動(3・1独立運動)」の起点になります。公園内にある八角亭は、当時、独立運動家33人が集まって独立宣言文を読み上げた場所として有名です。
当時の面影を残す歴史の足跡、記念碑の数々
円覚寺址十層石塔は、セジョ(世祖:朝鮮王朝第7代国王)の時代に造られた物です。当時の石塔の中では秀でて素晴らしい出来映えだった事から、南大門(ナンデムン)に続き国宝2号に指定されました。また、円覚寺の歴史を記録している円覚寺碑も韓国の宝物第3号に指定されている重要な文化遺産です。